今年は二人の日本人ドライバーがF1直下のFIA F2に参戦していますが、いずれも大苦戦を強いられています。個人的にも年間で10位前後には位置すると思っていたので、ここまで低迷するとは予想外でした。
牧野任祐はチームメイトのアルテム・マルケロフが既に3勝を挙げているのに対し、これまで6位が最高。予選こそ上回っているものの決勝ではレースペースで大きく劣り、ハンガロリンク終了時点で既に100点近くもの大差をつけられています。
確かに相手は昨年のランキング2位、参戦5年目の”ベテラン”ですからハンデがあって当然とも思えますが、彼がチームメイトに勝ったのは昨シーズンが初めて。そんないわゆる”ペイドライバー”に、ここまで大差をつけられているようではF1など夢のまた夢です。
福住仁嶺もチームメイトのマキシミリアン・ギュンターが既に1勝、2位1回を獲得しているのに対し、先日のハンガロリンクでの6位が最高。こちらはチーム自体の不振もあり、ギュンターと大差はついていませんが、ランキングでは牧野16位、福住18位(ハンガロリンク前まではブービーの19位)と、もはやスーパーライセンスはおろか、ポイント加算(10位以内)すら危うい状況です。惨状とすら言っていいかもしれません。
ドライバーの力だけでは勝ち抜けない欧州の厳しさ
以前オートスポーツ誌に、彼らの現状を取り上げた米家さんの記事がありました。まぁ概ねチームが悪い的な日本人擁護調の記事ではあったのですが、その中で一つ気になった記述が。それは「HFDPには現場で目を光らせるディレクターがいない」という指摘でした。これが事実なら由々しき問題です。
国内のF3やF4だけでは実感するのは難しいかもしれませんが、競争の激しい欧州のジュニアフォーミュラでは、もはやドライバー個人の能力だけで勝ち上がって行くのは至難の業、というより不可能に近い。現代はマネージメントも含めた”チーム”としての総合力が問われる時代なんです。そこをホンダ・HFDPは全く理解していない。
GP2/F2や欧州のF3では、ドライバーやチームによって主催者からの扱いに差が感じられることがあります。例えばエンジンのマイレージがほぼ同じなのに、交換するかしないか対応が違ったり、あるいはペナルティが厳しかったり甘かったり、、、。おそらくそういった外から見ると贔屓と映る対応から、GP2/F2のように「毎年主催者の”推し”が決まっている」という陰謀論めいた話も出てくるのでしょう。
ただ実際こういうのってどこで違うのかと言えば、”交渉力”なんですよね。チームや主催者とのコミュニケーション、ネゴシエーション。それを担うのがマネージャーや育成プログラムのディレクターの重要な仕事です。レースに帯同してチームや主催者と積極的にコミュニケーションをとり、情報交換しながら関係を築く。そして自分が抱えるドライバーに何かしら問題が発生すると、状況改善のため交渉する。いわゆる”政治的駆け引き”というヤツですね。レッドブルやフェラーリ、ルノーといった大手の育成プログラムは、こういったいわば”圧力”にはぬかりない。だからこそ外から見ると良い待遇を受けている、良い道具を与えられているように映るんです。
一方、ホンダ・HFDPは未だに「ドライバー個人の能力だけで勝ち残れ」という姿勢に見えます。それは2000年代に細川慎弥や塚越広大、中嶋大祐らが欧州のF3に参戦していた頃から全く変わっていません。同じ時期、トヨタのTDPでは有松義紀さんがマネージャーとして、中嶋一貴や小林可夢偉らを現場でサポートしていましたが、HFDPではそういう存在も見かけませんでした。
山本雅史は育成プログラム専任ではないですし、たまに現場を訪れる鈴木亜久里や松浦孝亮はあくまでゲストです。こんなドライバーの孤軍奮闘状態では、昨年の福住くんのように上手く行っている時は良いですが、今年のようにひとたび問題が起きると途端に能力を発揮することは難しくなってしまう。
たとえば現在、福住くんに対するアーデンからの扱いが悪い、クルマにも問題があると感じるなら、今すぐHFDPの担当者が飛んで行ってチームと突っ込んだ話をするのが筋。それでも向こうが譲らないならシーズン途中の移籍も辞さないという姿勢で臨む必要があるはずです(実際カンポスやMPといったチームは、セカンドドライバーが不安定なので、ホンダマネーは大歓迎でしょう)。ところが現実は福住個人に任せっきり。こういった姿勢が、HFDPから一人もF1ドライバーが生まれない原因の一つでしょう。
これは昨年の松下信治も同様で、もし他メーカーのようにディレクターなどがしっかりサポートしていれば、トップ3は無理でも年間4位くらいには届いたかもしれません。スーパーライセンスには少しポイントが足りませんが、その程度であればホンダの推薦で特例での発給もあり得たでしょうし、今頃トロロッソ・ホンダでF1を走っていても不思議ではありません。
こういった問題点にいち早く気づいていたのが佐藤琢磨です。彼は渡英2年目からアンドリュー・ギルバート・スコットをマネージャーに起用し、交渉事などのサポートを任せていました。さすが目の付け所が鋭いですね。
ただこういったことは本来ホンダ、HFDPが担うべき仕事なんですよ、、、、。
似て非なる欧州と日本のレース
欧州と日本では同じレースと言えど、その中身は似て非なるものです。一言で言えば欧州は”獰猛・ワイルド”、日本は”秩序・洗練”といった感じでしょうか。
たとえばエントリーレベルで較べてみても、日本のFIA-F4は実にお行儀がいい。鈴鹿で大きなクラッシュがありましたけど、あれは例外的なもので、特に上位のドライバーはほとんど接触を起こさず、実にフェアでクリーンなレースを行っています。それは上のカテゴリーでも同じで、洗練された大人のレースをする。農耕民族的と言ってもいいでしょう。
一方、欧州のF4やフォーミュラ・ルノー (FR) 2.0では「なぜそこで入る?」というくらい、少しでもスペースがあれば強引にでもインに飛び込んで行くケースが多い。当然接触しコースアウトやリタイアする羽目になるのですが、誰も悪びれない(笑)。もちろん時にはかなり危険なクラッシュになることもあり、お説教になったりもするのですが、それでもレースの激しさは変わりません。とにかく狩猟民族的です。
これは別にどちらが良い悪いという問題ではなく、全く違うレースだと認識する必要があるということです。よく国内の関係者は「最近の若いモンはすぐに海外海外言いやがって、国内で学べることはいくらでもあるんだ。そんな戯言は結果出してから言えってんだ バーロー(超意訳・笑)」などと言いますが、私はこの意見に賛同しません。今や早ければカートからフォーミュラに転向する段階で、国内でスーパーGTやスーパーフォーミュラ (SF) を目指すのか、それとも欧州に渡り世界を目指すかの選択が必要です。もちろん後で目標を変更することは可能ですが、アジャストには相当な労力を強いられます。
昨年一昨年と、SFでストフェル・ファンドーンやピエール・ガスリーがすぐに日本のレースに適応し結果を出しましたけど、ワイルド→洗練に馴染むのと、洗練→ワイルドに馴染むのでは、明らかに後者の方が難しい。伊沢拓也がGP2で大苦戦したのは典型ですよね。タイヤ一つ取っても日本のレースでは結構”保つ”ことが多く、今年の福住くんのようにピレリ→ヨコハマより、ヨコハマ→ピレリに順応する方がはるかにしんどい。だからこそ世界を目指すなら、エントリーレベルから欧州の環境に慣れるのが望ましいんです。
21世紀にF1で最も成功した日本人ドライバーである琢磨と可夢偉が、いずれもエントリーレベルから欧州で走っていたというのは、決して偶然ではないでしょう。
硬直化したHFDPのやり方
以前の記事で、牧野のFIA F2参戦に疑問を呈しましたが、現状を見ると手前味噌ながら間違ってはいなかったかと思います。ホンダからすると「クルマが変わるので不利が少なく、タイミングとして丁度いい」と考えたのでしょうが、結果論とはいえ、これだけ新車に頻発するメカニカルトラブルに苦しめられるなら、むしろステップアップを1年遅らせてトラブルが出尽くしてから参戦した方が良かったのではないか?
特に昨年中盤からようやくFIA F3というカテゴリーを掴んできて、せっかく上昇気流にあったのに、再度カテゴリーを変えてリセットするのが果たして良かったのか疑問です。今シーズンのFIA F3は本命不在で毎ラウンド、チャンピオンシップリーダーが変わるような大混戦だけに、ハイテックGPに残留するにしろ、マカオで走ったモトパークに移籍するにしろ、FIA F3をもう1年続けていれば、タイトル争いにも絡めたのではないかと思えてなりません。あるいはスイッチするにしても、GP3でピレリを経験させてからでも遅くはなかった。
この辺の判断の甘さもホンダ・HDFPを信用しきれない一因です。
ところで国内のHFDPで今最も期待されているのは、おそらく角田裕毅くんだと思いますが、なぜホンダは彼を今年も国内のF4で走らせたのでしょうか? 昨年の同シリーズで宮田莉朋や笹原右京、大湯都史樹といった経験に勝る先輩ドライバー相手に3勝&4PPを挙げる活躍を演じ、このレベルではその才能はもはや明らかなはず。もう1年同じカテゴリーを走らせチャンピオンを獲ることに、一体どれほどの意味があるのでしょう?(実際、下馬評通りチャンピオンシップを独走していますね)。敵は自分自身??
私なら今年はFR2.0ユーロカップまたはドイツとイタリアのF4に送り、今から欧州の文化や生活・レース環境に慣れさせますね。先に述べたように欧州と日本のレースは似て非なるもの。琢磨や可夢偉の例を見ても、中途半端に全日本F3を走らせるより、エントリーレベルの段階から向こうのやり方を染みこませる方が良い。
ですがホンダは99%、来年は彼を全日本F3に”進級”させるでしょう。ホンダもトヨタもどんなに才能があろうと、スクールの卒業年次順に進級していく”社内規定”であり、飛び級は決して認めません。本来なら笹原くんも既にFR2.0を3年走った経験があり、FIA F3にすら参戦経験があるわけですから、F4からストレートにFIA F3に行ってもいいようなものですが結局、前例踏襲は覆らず全日本F3”進級”に落ち着きました。
安易に国内F4→F3と進み、そしていきなりインターF3 (19年より) から欧州に送ったところで、環境に不慣れな上、最初に述べたように現場でサポートし、主催者らと政治交渉のできるディレクターもいない状況では、牧野と同じ結果になるだけでしょう。今のやり方を続ける限り、残念ながらホンダ・HFDPからF1ドライバーが生まれる可能性はかなり低いと言わざるを得ません。
見過ごされるマネージメントの重要性
最後に、小林可夢偉がザウバーのシートを失った頃、一時的に日本の専門メディアでも頻繁にマネージメントについて触れられていました。可夢偉のF1シート喪失は、大部分が本人の能力云々というより、移籍のタイミングを誤ったマネージメントの失敗に原因があります。ただそれも一時的なことで、今ではまたそんな話は耳にしなくなってしまいました。
しかしマネージメントの重要性は欧米ではもはや常識。アロンソのF1デビューにはフラビオ・ブリアトーレが関与していましたし、バルテリ・ボッタスがメルセデスに移籍できたのはトト・ウォルフが過去にマネージメントをしていた関係が大きい。今をときめくシャルル・ルクレールはニコラ・トッドがマネージメントを担っています。今や優秀なマネージメントチーム抜きにF1進出は語れない時代なんです。
しかし日本では未だにマネージメントは軽視されがちです。そもそも日本ではドライバー引退後、マネージャーに転身する例が全くと言っていいほどありません(少なくとも私は寡聞にして知りません)。欧米ではケケ・ロズベルグ、ステファン・ヨハンソン、エイドリアン・カンポス、マーティン・ブランドル&マーク・ブランデル (2MB) 、スティーブ・ロバートソン、アンドリュー・ギルバート・スコット、エイドリアン・フェルナンデス、ミカ・ハッキネン、それにタキ井上など、いくらでも著名ドライバーのマネージャー転身例があるのですが、日本では自チームを持つばかりで誰もマネージャーにはならない。鈴木亜久里や片山右京など、せっかく国際的な知名度があり顔も広い元ドライバーが何人もいるのに、そのメリットを後進の育成に活かせないのは、なんとも勿体ない話です。
小国フィンランドから優秀なF1ドライバーが次々と生まれるのは、パイオニアであるケケがハッキネンやJ-Jレートなどを発掘・育成したからであり、そこからキミ・ライコネンやボッタスも生まれました。スウェーデンではヨハンソンやエイエ・エルグが居たからこそ、かつてのケニー・ブラックや現在のマーカス・エリクソン、フェリックス・ローゼンクビストといった国際的に活躍するドライバーが生まれたわけです。
日本からF1ドライバーや国際的ドライバーが生まれないのは、実はスポンサー企業の問題以外にも、こういった世界に通じるマネージメントの不在があるのではないかと思います。ここが変わらない限り、日本から世界的ドライバーが次々と誕生することも、レーシングドライバー先進国になることも永遠にないでしょうね。