アロンソF1引退に寄せて

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フェルナンド・アロンソが事実上のF1引退を発表しました(アロンソ、17年のF1キャリアに区切りも、将来の復帰の可能性残す)。20年シーズンの復帰は否定していないものの、この4年間、全く競争力のないクルマで苦しんできただけに、とうとう”その時”がやって来たかという印象です。

今回は個人的にも思い入れの深いアロンソを、大いに褒め称える”アロンソ讃歌”のブログです^^;

 

マシンに恵まれない不運の天才ドライバー

アロンソはそのF1キャリアを通じて、クルマにはあまり恵まれませんでした。彼がフィールドで最速のクルマを手にしていたのは、05〜07年の3年間のみ。しかもいずれも他を圧倒するほどのものではなく、ライバルチーム(05年マクラーレン、06-07年フェラーリ)と互角のものでした。それ故、アロンソにはルイス・ハミルトンやセバスチャン・ベッテルのように、複数回の二桁勝利による”固め打ち”が一度もありません。

アロンソの年間最多勝はタイトルを獲得した05〜06年の各7勝。それに対してハミルトンは14年〜16年にかけて3年連続二桁勝利(11勝、10勝、10勝、17年も9勝)、ベッテルも11年と13年にそれぞれ11勝、13勝と、いずれも”まとめ勝ち”を経験しています(そもそも3年連続二桁勝利なんて、ミハエル・シューマッハーですら成し得なかったF1史上に残る大記録です)。

PPについてもアロンソは05-06年の各6回が最多の一方、ハミルトンは15年からの3年間で、それぞれ11回、12回、11回獲得。ベッテルも10年10回、11年15回、13年9回とクルマの優位性を活かして、こちらも固め打ちしています。

当然ながらこれはアロンソの能力がハミルトン&ベッテルより劣っているわけではなく、ハミルトンは14年〜17年にかけてメルセデスで、ベッテルは11年と13年にレッドブルで、それぞれ他チームを全く寄せ付けない圧倒的に速いクルマを手にしていたが故のことです。

対するアロンソは良くて互角。大半は競争力の劣るクルマでの奮闘を強いられてきました。これが記録上ではハミルトン&ベッテルに、優勝回数・PP獲得回数ともダブルスコア以上の大差をつけられている決定的要因です。その類い稀な才能に較べると、32勝&PP22回というのは少々寂しい……(それでも偉大な記録には違いありませんが)。

一度でいいから、アロンソが圧倒的に速いマシンに乗ったら、一体どれだけ勝ちまくるのか見てみたかったですね、、、、。

 

年間ランキング2位4回の「惜敗の帝王」

ご存知の通り、アロンソのドライバーズタイトルは05-06年の”わずか”2回。これはその才能や評価に対して、物足りなく感じてしまいます。少なくともニキ・ラウダやネルソン・ピケらと並び3回は取ってもおかしくなかった。ジョディ・シェクターのように「アロンソは過大評価されている」と主張する人は、この辺りの数字に目を奪われているのでしょう。

しかしアロンソは2度のタイトル以外に、07、10、12、13年と4度ドライバーズ選手権で2位となっています。07年は厳密に言えば3位なのですが、獲得ポイント&優勝回数とも2位のハミルトンと同数なので、2位タイと言っても問題ないでしょう。しかもこのうち13年を除く3回は最終戦までタイトルを争った末の敗北でした。もしその全てを制していれば、アロンソのタイトルは5回に増えファン・マヌエル・ファンジオと並び、逆にベッテルは2回に減る計算になります。

しかも10年&12年はライバルより競争力の劣るクルマで最終戦まで残りました。当時のフェラーリの戦力は、チームメイトだったフェリペ・マッサが、その間未勝利だったことが端的に表しています。それだけの劣勢にありながらも最終戦まで引っ張れたのは、ひとえにアロンソ個人の能力に依るところが大きい。

若くして2回タイトルを獲得しているため「無冠の帝王」とは呼べませんが、その実力と惜敗ぶりは、50年代に4年連続年間2位となったサー・スターリング・モスを彷彿とさせます。「惜敗の帝王」とも呼べるかもしれません(本人にとっては全く嬉しくない呼び名でしょうが……)。

 

「移籍を誤った」は本当なのか?

アロンソに関してメディアでよく見られるのが「常に移籍を誤った」という意見です(いわゆる”Wrong Time, Wrong Place”)。しかし本当に彼の移籍はそれほど誤りだったのでしょうか?

07年のルノーには競争力がなく、一方で当時のマクラーレンには、エイドリアン・ニューウェイの”遺産”とも呼ぶべきモノがまだ残っており、フェラーリと並ぶシーズン最速のクルマを有していました。ハンガリーでのポイント剥奪、スパイゲートによるコンストラクターズ抹消がなければ、98年以来のコンストラクターズタイトルも獲得していたはずです。純粋に競争力という点で言えば、この移籍は決して間違いではありません。

惜しむらくはロン・デニスが子飼いのハミルトンに肩入れしたため、チャンピオンとしての尊厳を傷つけられたと感じ、わずか1年での離脱となったこと。せめてあと2〜3年マクラーレンで走っていれば、優勝&PP回数はもとより、3度目のタイトルも十分狙えたはずです。

08年のルノー復帰は、09年のフェラーリ移籍を見据えた”繋ぎ”と見て間違いないでしょう。この年、大方の予想どおりキミ・ライコネンが前年に続いてマッサを凌駕していれば、09年のフェラーリはアロンソ&ライコネンのコンビになっていたはずです。

しかしそう上手く物事は運ばず、予想に反してマッサがライコネンを上回ってしまった上、かの有名な最終戦・最終ラップでの大逆転というあまりにも劇的すぎる結末に、フェラーリもマッサを切るわけにはいかなくなり、結果アロンソはもう1年ルノーに残ることになりました。

では、その09年に大躍進を果たすレッドブルへの移籍の可能性は? 実はマクラーレン離脱決定後の07年末にレッドブルからオファーがありました(おそらく引退間近のデヴィッド・クルサードの後任)。当然そのオファーを受け入れていれば、1年間耐え忍びさえすれば、09年以降タイトル5連覇も夢ではなかったでしょう。

しかし07年末、あるいは08年末にレッドブルが後々トップコンテンダーになると予想した人が、チーム関係者以外に居たでしょうか? 08年にはベッテルがジュニアチームのトロロッソで、本家より先に初優勝を達成。コンストラクターズ選手権でも本家を上回るという逆転現象が起こっていたほどです。そこに敢えて移籍するというのは、あまりにも大き過ぎるリスクでしょう。過去にもトップドライバーが、有望そうな新興チームに移籍する例はいくつもありましたが、ことごとく失敗に終わっています。レッドブルのオファーを断ってフェラーリ移籍を選んだのは、当時の状況からすれば決して間違いとは言えません。

確かにアロンソ移籍時のフェラーリは、明らかにピークは過ぎていたものの、それなりの競争力は維持していました。少なくとも10年に関しては(ベッテルとマーク・ウェバーの”潰し合い”もあり)レッドブル勢と互角の戦いはできた。またレッドブルではベッテルがトップドライバーに成長し、アロンソを迎える状況にはもはやありませんでした。確執から3年ではまだマクラーレンに戻る気にはならないでしょうし(その後の成績を考えれば、それこそ移籍失敗です)、フルワークスとして復帰したメルセデスはチーム構築の真っ只中で、まだ到底タイトルを争う力はありませんでした。ルノーはチーム運営から撤退し、資金力のあるトヨタに至ってはF1自体から撤退。これらの状況を鑑みれば、誰でもフェラーリが最も有望な移籍先と見るでしょう。

実際、競争力の劣る中でも、フェラーリ時代の5年間で3度のランキング2位。レッドブル以外でこれ以上の成績を収められるチームが他にあったとは思えません。

確かにシューマッハーのようにタイトルをもたらすことはできませんでしたが、ドライバーが自らの希望でエンジンを変えさせたり (伝統のV12→V10) 、馴染みのスタッフ(ロス・ブラウンやロリー・バーン)を引き抜かせたり、そんな権限を持っていたのなんて、F1の歴史上、後にも先にもシューマッハーだけですよ。

唯一、完全な失敗だったのは、言うまでもなく15年のマクラーレン・ホンダ。ただこれに関しても後述するように、トップチームがどこもアロンソを拒否した結果、他に選択肢がなかった結果でもあります。

よく「アロンソはチームを分裂させる。問題を起こす」とも言われますが、私は懐疑的です。彼が問題を抱えたのは07年のマクラーレンとフェラーリ時代だけで、ルノー時代と現在のマクラーレンでは何も問題がありません。特にそのようなイメージが根付いたのはフェラーリ時代後期のことで、フェラーリとイタリアメディアが結びつき、成績不振のスケープゴートにされたという印象の方が強いですね。

こうしてみると、巷間言われているほどアロンソの移籍が失敗だったとは思えません。そもそも移籍の成否なんて、後になってみないと誰にもわからないものです。

ハミルトンが当時未勝利だったメルセデスに移籍したのは”先見の明”でしたけど、フルワークスのメルセデスとプライベーターのレッドブルでは、どちらがより可能性・確実性があるかは一目瞭然。当時それですら「ハミルトンは間違ってる。マクラーレンに残るべきだ!」と批判していたメディアに、アロンソは見る目がなかったなんて言う資格はありませんよね。

 

ダブルエースを嫌う現代のトップチーム

現代のトップチームはトップドライバー同士の組み合わせを極度に嫌います。これは90年代にシューマッハーを絶対的エースに据えて、ベネトン〜フェラーリが成功して以来特に顕著で、それからというものF1で明確なジョイントNo.1は、ただの一度もありません。

今やどのトップチームもエースとサポート役をハッキリと分ける(表向きはあくまで”対等”と言いますけど)ので、ベッテル、ハミルトン、それにフェルスタッペンといった”S (Special) 級”ドライバーを抱えるチームは、どこもアロンソを避ける。近年のアロンソが現代F1の犠牲者のようにも見えてしまう所以です。

かつてのアイルトン・セナなど、アロンソ以上に気難しくて扱いづらく政治的なドライバーだったと思うのですが、それでも当時のトップチームはどこもセナを欲しました。当時はまだそれだけの矜持、度量があった。

しかし現代F1ではチームの”和”が何よりも優先されます。チーム内での確執やトラブルなど真っ平御免。そんなことになれば企業イメージにかかわり、”雇われ代表”の皆さんは立場が危うくなってしまう。今宮雅子さんもコラムで書いてましたけど、今のF1は大企業のコンプライアンスが最優先されてしまっているんですね。

しかしそんなのは、もはやF1どころかモータースポーツですらないでしょう。モータースポーツなんて、端から見れば粗暴で猥雑な競技ですよ。元々ちょいワルのお金持ちが趣味で始めたのが起源なんですから。レッドブルだってイメージ戦略として、品行方正でお行儀の良いスポーツでなく、エクストリームスポーツを敢えて選んでスポンサードしてるのに、コンプライアンスのためにチームメイト同士は仲良くしなさいなんて、ちゃんちゃらおかしい。

雇われ代表の皆さんの典型的な言い分が「ドライバーは1000人近い従業員の責任を担っている」というもの。けれどそれって昔のように数人だろうが数十人だろうが同じことですよね? ただ規模が違うだけで、エンジニアやメカニックから掃除のおじさんおばさんまで、チーム皆の思いが乗っているのは今も昔も同じでしょう。こんなのはただの言い訳ですよ。

その点、ロン・デニスの「最強ドライバー二人を揃えるのが私の哲学」という姿勢は立派でしたね。それこそ代表としての腕の見せ所であり、やりがいではないですか?

本来F1はドライバーズチャンピオンシップこそ主役のはずなのに、現代ではチームが主役、まるでコンストラクターズタイトルこそが最大の栄誉であるかのようです。そうやってチームメイト同士の争いを抑えることが、どれだけF1の魅力を損なっているか。

リバティ・メディアがF1人気向上の方策をあれこれ考えていますが、もしメルセデスとフェラーリが、ハミルトン、ベッテル、アロンソ、フェルスタッペンをそれぞれ組み合わせれば、それだけでF1の魅力は3割以上増しますよ。けれど今のトップチームは”絶対に”そんなペアは組ませない。それがどれだけF1の魅力を損なっているか、いい加減チーム上層部は自覚した方がいいですね。

 

トップのまま去る凄さ

アロンソが凄いのは、引退を決めた今でも現役最高ドライバーという評価が揺らがないことです。ラウダの最終年はプロストに全く歯が立たず、そのプロストもマシンの性能に助けられ最後にタイトルこそ得たものの、シューマッハーやデイモン・ヒルに押され、衰えは明らかでした。シューマッハーでさえメルセデスでの現役復帰後は、ブランクを克服できず表彰台1回で引退に。現役で言えばライコネンもチャンピオンを獲った頃のような煌めきは既にありません。

しかしアロンソだけは17シーズン、300戦超を経ても未だ世界最高レベルを維持しています。これほどの長きに渡って、その評価を保っているドライバーは過去に例がありません。全盛期にスッパリと身を退くケースを除き、これだけの実力・評価のままF1を去るというのは、本当に凄いとしか言いようがない。

願わくば今年のル・マンで見せたような驚異的な適応力で、トリプルクラウンどころか世界の名だたるビッグレースを制してほしい。マシンの性能に左右されるF1だけの記録より、”史上最高のオールラウンダー”としてその名を残してもらいたいですね。